「多層言語環境における第二言語話者像―トランスランゲージング志向の会話方略」申請書(3)

本研究の着想に至った経緯など

(1)本研究の着想に至った経緯と準備状況

着想に至った経緯

本研究の着想は,前述の科研:基盤研究(B)で実施された国際シンポジウムでの,高雄科 技大学(台湾)の黄愛玲氏・陳玫君氏 による招待発表「台湾の言語政策現状と社会認識―語彙 「国家言語」を中心に―」から得ている.台湾は,下関条約(1895)により日本に割譲された ので,終戦の1945年まで50年もの間日本の統治下にあったことになる.その後,日露戦争後 の北海道が舞台となっているコミック「ゴールデンカムイ」で,日本語の通じないアイヌの 高齢者が,当時まだアイヌ人口の3分の1いたという記述が私の目を引いた.実際には50年 に渡って多層言語環境にあったにも関わらず,日本人は日本語モノリンガルを貫いたことに なる.島国日本に住む日本人の英語習得に対するルサンチマンという「多層言語環境研究」 の前提的認識は誤謬であることに気づかされた.これが,本研究の着想の出発点である.

準備状況

本研究では,研究代表者河合靖が統括し,研究分担者5名,研究協力者2名を置く.

研究代表者:河合靖 (北海道大学メディア・コミュニケーション研究院)

研究分担者:横山吉樹(北海道教育大学札幌校), 飯田真紀,杉江聡子(北海道大学メディ ア・コミュニケーション研究院), 山田智久(北海道大学国際連携機構国際教育 研究センター)(採択後,飯田真紀の所属が首都大学東京に変更.また,大友瑠璃子(北海道大学メディア・コミュニケーション研究院),小林由子(北海道大学国際連携機構国際教育 研究センター),三ツ木真実(小樽商科大学)を分担者に追加)

研究協力者:酒井優子,佐野愛子(北海道大学大学院国際広報メディア・観光学院院生) (採択後,所属が酒井優子(東海大学),佐野愛子(札幌国際大学)に変更.あわせて,研究分担者に変更)

申請グループのメンバーは,いずれも過去に互いに共同研究の実績がある.また,1昨年 まで3年間多層言語環境をテーマに科研費研究を行い,終了後も共同研究を継続している. 既存の施設基盤とノウハウを利用し,本科研費の採択を受けた後すぐに研究を開始できる .

(2)関連する国内外の研究動向と本研究の位置づけ

日本人の第二言語話者像に関する先行研究には,日本語教育における母語話者評価研究 (小池, 2000, 2003; 小林, 2000; 松崎, 2003; 柳町, 2000; 渡部, 2003, 2004),および日 本語会話方略教育の研究(伊藤,1993;岡崎,1987;中井・大場・土井,2004)があった.ま た,英語教育の言語混合使用に関する先行研究としては,英語圏における第二言語話者のコ ード・スイッチングの研究や(Auer, 1998; Bhatia & Ritchie, 2004; Clyne, 2003; Gal, 1988; Giles & Powesland, 1997; Heller, 1988; Myers-Scotton, 1993; Romaine, 1989; Su, 2009),日本の英語教育におけるコード・スイッチングの研究(Fotos, 1995, 2001; Sakai, 2017; Tasaki, 2017; Yokoyama, 2014)も存在する.しかし,日本で英語の第二言語 パフォーマンスを,英語母語話者と日本人の英語第二言語話者の両方の視点からとらえる研 究は本研究が嚆矢と言える.

話し相手の母語話者性による異なる会話方略の選択という発想は,日本語教育の方が先行 して来たが,英語教育でも言語の切り替えを肯定的に捉えるtranslanguagingの概念が登場 し(Garcia, 2009; Garcia & Wei, 2014),CEFRを日本の英語教育に取り入れる試み (岡, 2008; 小池, 2009,Negishi & Tono, 2014; 寺内, 2011) や,ヨーロッパ型の複言語主義を 取るべきという主張(金田一・堺・倉舘, 2007; 鳥飼, 2016; 拝田, 2010, 2012)もある.だ が,第二言語話者に具体的な日本人英語話者のモデルを探る研究は,管見の限り存在しない.