本研究の目的および学術的独自性と創造性
本研究の目的
本研究は,次の二つの目的を持つ.
(1) 実際の会話事例を,談話分析や会話分析の手法を用いて考察することにより,文末表 現,聞き手反応,意味交渉などの会話方略におけるコード・スイッチングを機能的に 分類する.
(2) この分類に基づいて,会話方略のコード・スイッチングを操作した刺激会話ビデオを 製作し,母語話者性に関わる属性の異なる評価者にインタビューして評価とその理由 を記録し,分析する.
すでに述べたように,世界規模で越境する人口動態は必然であり,日本も例外ではない. 多層言語環境は,程度の差こそあれ,世界中どこでも好むと好まざるとに関わらず見られる ことになる.異言語話者,多言語話者の人口構成比上の増加に伴って,モノリンガル社会を 志向する第二言語話者像からバイリンガル社会を志向するそれへと変化すると予測する.そ の変化は,私たち個々人の第二言語話者の言語パフォーマンスに対する印象の評価に現れる だろう.またその違いは,モノリンガル話者かバイリンガル・マルチリンガル話者かなどの 私たちの言語経験に関する属性に基づくはずである.なぜなら,多層言語環境的な言語経験 は,バイリンガル社会志向の第二言語話者像をもたらすと予測されるからだ.現在混在して いるであろう第二言語話者像を,第二言語話者のパフォーマンスに対する評価からあぶり出 して記述し,そこからこれからの変化を予測することが本研究の目的である。
学術的独自性と創造性
これまで見てきたように,本研究の大きな特徴は日本語教育研究の母語話者評価研究と, 英語教育研究における多層言語環境化に向けた人材育成研究の融合である.しかし,本研究 が根幹とするのは,両者に共通する第二言語話者の目標モデルをモノリンガル母語話者とす る暗黙の前提への疑義である.第二言語話者の目標モデルを第二言語話者に設定する方向へ 向けた基礎研究.これが,本研究の独自性を表す特徴的な性格である.
母語話者であるためには,母語として言語習得する時期にその言語に触れる必要がある. 母語話者としてある言語を習得したいのであれば,幼少期に目標言語環境に移動すればよい. その時期を過ぎてから第二言語習得を行うのであれば,その目標モデルを母語話者に置くこ とには無理がある.第二言語話者の目標モデルは第二言語話者しかありえない.しかし,そ れを認めることは,新たな問題を引き起こす.一つは母語話者の存在意義が損なわれ,その 言語そのものが変質するのではないかという懸念であり,もう一つは目標モデルとしての第 二言語話者をどのような人に設定するか具体的に示すことが困難なことである.
一つ目の問題については,母語話者集団が失われたり,母語話者に第二言語話者モデルの 言語使用を強制したりすることは起こりえないので,そのような心配は無用と考える.二つ 目の問題については,本研究では,談話レベルでの会話方略のうち,文末表現,聞き手反応, 意味交渉などにおけるコード・スイッチングに焦点を絞って,それらを操作しながらコー ド・スイッチングする具体的な第二言語話者像を作成する.これにより,目標とする第二言 語話者像を可視化する道が開けるだろう.これが,本研究の創造性と言える.
本研究で何をどのように、どこまで明らかにしようとするのか
CEFRを利用した教育手法,さらには,認定試験などの動きが加速している.しかしながら, 日本では,4技能に対しての研究は進んでいるが,第2言語の能力として必要とされる「言 葉のやりとり(interaction)」や「仲介活動(mediation)」についての研究は進んでいない. また,外国語学習では,言語の機能の中で,「内容を伝達する(ideational function)」や 「テキストの合理性を整える(textual function)」という外国語学習の機能が重視されがち であるが,「人間関係を調整する(interpersonal function)」という機能も実際の「言葉の やりとり」を行う時に大きな意味を持つとされる(Halliday, 1973, 2007).
本研究では,第二言語話者のパフォーマンスの評価に影響を与える会話方略の項目として, 次のようなものに注目する.一つ目は,日本語であれば か , ね , よ , ねえ などの終助詞やそ れに相当する語句,英語であれば right? や付加疑問などを指す文末表現と呼ばれる項目.二 つ目は, ええ , はい , なるほど , 本当ですか , uh – huh , I see , Is that so , Really ? などの相 槌や, ええと , あのう , まあ , u m , well , I mean , let’s see などのフィラーを含む聞き手反応 と呼ばれる言語項目.三つ目は,言いたいことが言えない,言われたことがわからない場合 に,やり取りを繰り返して問題解決を図る意味交渉である.
本研究では,第1フェイズとして,第二言語話者の会話におけるこれらの会話方略の使用 状況を,先行研究を参考にしながら考察し,そこに見られるコード・スイッチングの特徴を 分類する.データは,留学生と日本人学生がタンデム・ラーニングを行っている様子を録画 して採取する.タンデム・ラーニングは,母語の異なる学習者がペアを作って,時間設定し ながら言語を代えてコミュニケーションを行う自律学習形態である.たとえば,アメリカ人 留学生と日本人英語学習者がペアの場合,英語で30分,日本語で30分会話すると,母語話者 と非母語話者の英語会話,母語話者と非母語話者の日本語会話のデータが得られる.中国人 留学生と日本人留学生がペアになった場合は,非母語話者同士の英語会話と母語話者と非母 語話者の日本語会話が得られることになる.データを書き起こして,コード・スイッチング の起こっている文末表現,相槌やフィラー,意味交渉を中心に分析し,分類を試みる.
第1フェイズで行った分析に基づいて,第2フェイズでは,文末表現,相槌やフィラー, 意味交渉のコード・スイッチングを操作しながら評価者に見せる刺激会話ビデオを製作する. これを見せながら評価者にインタビューを行い,その評価や理由を記録する.結果は,評価 者の属性に注目して量的に比較した後,理由をインタビューのデータを質的に分析して考察 する.モノリンガルの評価者よりバイリンガルの評価者の方がtranslanguaging的な言語使 用を志向すると予測する.
会話方略には本研究で取り上げた項目のほか,非言語行動や音声面のコントロール(谷口, 1989),会話を展開する技能や場面の条件(場所,話題,人間関係,立場,時間,状況)にあっ た適切な言語運用を行う判断力(岡崎,1989)などがあげられてきている.これらの項目の重要 性を否定するものではないが,研究グループのこれまでの研究対象と興味の方向性から,文 末表現,聞き手反応,意味交渉の3つを今回の考察対象に含めた.
また,先行研究の有無による比較のしやすさから,英語の会話データから分析し,ついで 日本語を比較対象としてまず行う.研究グループのメンバーに中国語話者を含むので,中国 語会話の分析も可能であるが,日本人大学生の中国語話者がそれほど数多く見込めない事情 があり,十分な量のデータが得られた場合という条件付きで考察対象に含めるものとする.